ポークのウェルダンで物語な日々

主に映画、ときどき小説、漫画、ゲームなどの感想や紹介を書いています。

『カールじいさんの空飛ぶ家』感想|いつでも夢を

こんにちは、ポークと申します。

 突然ですが。たった今このようなふざけた記事を読んでいる酔狂なあなた(ありがとうございます)、自分がまだ幼かった頃のことを覚えておいででしょうか。

わんぱくだったあの頃。お空の雲が綿菓子であると本気で信じていたあの頃。誰しも一度は、大量の風船を持って空を飛んでみたいと思ったことがあるのではないでしょうか。そんなこと考えもしなかったという方も、今思ったでしょう、きっと。

わんぱくキッズのころの夢は、大人になると「あの頃は馬鹿なことを考えたものだなアハハ」と心の奥底にしまいこんでしまうものです。実は今でも諦めていないなんて、みだりに言いふらすものではありません。ひとたびそんなことを言えば妄想癖のある人と思われ、下手をすれば心の病を疑われてしまいます。大人の世界は世知辛いものです。

が、しかし。大人どころか、定年を迎え年金受給者となってもなお、少年のころの冒険心を忘れずついには夢を叶えてしまったじいさんがおりました。そんなじいさんの物語こそが映画『カールじいさんの空飛ぶ家』なのでございます。

と、いうわけで。長々と前置きを垂れ流しましたが、『カールじいさんの空飛ぶ家』を鑑賞いたしましたので、感想を落っことしたいと思います。

 

物語の核心に触れるようなネタバレは避けているので、未視聴だという方も安心してご覧くださいませ。

 

ちょっぴり切ない冒険物語

主人公のカールと妻エリーは二人とも冒険が大好きで、いつかパラダイス・フォールという伝説の滝のすぐそばに家を建てて暮らすという夢がありました。しかし、それはそう簡単に叶えられる夢ではありません。夢を膨らませつつもじもじするうちにF1カーのごとく時は過ぎ去って、二人はじいさんばあさんになってしまいます。

しかしついに、妻エリーの死をきっかけにしてカールじいさんは旅立つ決心をしました。しかも風船を使って家ごと飛んでいくという茶目っ気たっぷりな方法で。さあカールじいさんの約半世紀越しの夢は如何に  !?

 

……といった感じの内容なのですが。

もう、普通に面白いです!

楽しい時間を過ごさせていただきました。

映画のポスターにもなっている、色とりどりの風船で家が空を飛ぶさまは本当に素晴らしいです。初めて遊園地に行った時のような、子供のころのワクワクを思い出し一人ニヤニヤしてしまいました。

主要登場人物の殆どが白髪の高齢者で、ここは老人ホームかと突っ込みたくなる絵ヅラ。なのに物語のテンポがとても良く、ついつい見入ってしまうのです。

キャラクター達もみんな可愛らしく、コミカルで見ていて飽きませんでした。まあ、序盤はとあるキャラに大変イラつかされましたが。それも愛嬌でしょう、終わり良ければすべて良し。鑑賞後はハラハラドキドキの冒険が終わった余韻とちょっぴり寂しさを覚えるような、そんな名残惜しい映画でした。

 

妻エリー

それにしても、冒険に行くのが妻エリーが亡くなってからというのはやっぱり切ないですね。最初にパラダイス・フォールを見つけたのはエリーで、ずっと行きたがっていたように見えました。

『カールじいさんと空飛ぶ家』のキャッチコピーの一つに「愛する妻が死にました  だから私は旅に出ます。」とあるように、この物語はカールじいさんが妻の死をきっかけに“旅をする”という第二の人生を歩みだすお話です。きっとカールじいさんは妻の死があったからこそ“妻のため”に旅に出る決意をしたのでしょう。それがなければ旅に出ることはなく、老人ホームでぼんやりと人生を終えていたかもしれません。

でもやっぱり切ない。いくつになっても夢を忘れないじいさんとゆかいな仲間たちがハチャメチャに大冒険をする、とっても楽しい映画なのですが、どこか切ないのはエリーの存在があまりにも大きいからでしょう。

 

そう考えると、言ってしまえばこの映画は妻エリーの供養の物語であったとも思えてきました。

カールじいさんは自分の家そのものを妻エリーとして呼びかけたりします。エリーの魂が宿る空飛ぶ家で、生前彼女と行きたいと言っていたパラダイス・フォールへ向かう。

そしてその冒険を終えた時、エリーの供養を終え、その死を乗り越えたことになるのではないでしょうか。そしてそこからは、カール自身の新しい人生が始まるのです。

 

ラッセルとかいうクソガキ

なんといっても、あの憎たらしかった小デブ少年ラッセルの存在感はデカかったですね。登場して間もない頃の彼は、人をイラつかせる天才でした。カールとエリーのエピソードを先に見ていただけに、ラッセル少年はフレドリクセン夫妻の大切な思い出が詰まった家を踏み荒らす小さな怪獣か何かにしか見えませんでした。

それでいて体力もなくチョコをむさぼる怠惰な姿。自分が人を不快にしているなんてみじんも思っていないとぼけたツラ。何度このクソガキをはっ倒したい衝動にかられたことか。よほど寛大な慈悲の心に満ちた人、もしくは自分がイラつくことに興奮を覚える特殊な性癖を持った方でなければ、あの少年を映画のはじめから愛することはできなかったでしょう。少なくとも私には無理でした。

でもやっぱり、彼には彼なりの苦しみがあったのです。詳しくは省きますが、ラッセル少年のこれまでの傍若無人ぶりを完全に払拭するまではいかずとも、まあはっ倒すのはやめてやろうと思えるような事情が彼にはありました。

そして彼は終盤においてはまあまあ活躍を見せてくれます。ラッセル少年は人を振り回す迷惑なガキンチョではありますが、やるときはやる男だったのです。おかげで私の彼への評価も上がり、“大嫌い”から“どちらかといえば嫌い”に昇格しました。(好きになるのはちょっと無理です。)これから見る方も、序盤での彼があまりにひどくとも、深呼吸をして平常心を保ちつつ終盤の彼に期待して鑑賞することをお勧めします。

……とはいえ、あくまでもこれはテレビの裏で絡まる配線コード並みにねじくれた心根を持つ私の感想なので、ラッセルにもまだ見ぬ良きところがあるかもしれません。ごめんなラッセル。

 


そんなこんなで、大変楽しい映画でございました。いくつになっても冒険とはげに面白きものですね。カールじいさん(とついでにラッセル少年)たちのこれからに幸あれ。

 

最後に、このような駄文に最後までお付き合いくださりまして、誠にありがとうございました。読んでくださった皆様に幸あれ。
それでは、またどこかで。